能登半島地震から1か月
悪夢のような地震の発生から1か月経過しました。幸いなことに私たちの設計した住まいや建物の被害報告は届いていません。それどころか、自主的に「なんともありません!」「大丈夫です!」「耐震改修していて良かったです!」等々の連絡を頂き、阪神淡路大震災、2007年能登半島地震などの現地視察などから得た知見をもとに丈夫で長持ちする住まいづくりを設計の柱としている結果と安堵しているところです。
※被災された方に配慮し、写真は小さく掲示しています。
私は所属している(公社)日本建築家協会の災害対策会議という、全国の防災や予防、発災後の対応などを考える会のメンバーになっています。そのこともあって現地対策本部の一人として穴水、輪島、和倉温泉の視察を行いました。(左は穴水町内、右二枚は輪島市内の写真)
発災から4週間たっても倒壊した家屋はそのままで、道路をふさいでいる状況です。それだけ、奥能登地域へのルート確保や上下水道などの復旧に時間を要していることの表れでしょうし、崩れた瓦屋根にブルーシートなどの応急措置が間に合っていない家屋も多数目にしました。輪島市の中心部の被害は目を覆いたくなる状況で、阪神淡路大震災の直後に見た神戸市内の風景を思い出しました。阪神淡路大震災後には「倒壊原因は瓦屋根にある」「重いもの(瓦)を高いところに置いてはいけない」などの話を耳にしましたし、私たちも出来るだけ軽くなるよう金属屋根を採用することが多いです。それでも今回の被災地を見ていると、倒壊家屋の真横にありながら被害を受けていない瓦屋根の住まいも多数見ました。現在の耐震基準で作られた、あるいは耐震改修を施した建物の被害は圧倒的に少なく、倒壊家屋を見ると、耐力壁が不十分だったり、補強金物がみられなかったので、瓦屋根と倒壊を直接的な原因に結び付けるのは無理があるように感じました。輪島市内は9割が瓦屋根で美しい港町の風景を作っています。この風景を残した復興が行われるよう、微力ながら支援したいと思いますし、自分に何ができるのか考えているところです。また、今後も丈夫で長持ちする住まいを作り続けていこうと思います。(A)